「大和」を造った技術

海軍軍縮条約(ぐんしゅくじょうやく)すると、戦艦(せんかん)「大和(やまと)」の建造が始まります。

「大和」の建造は、ブロック建造溶接(ようせつ)などの技術が取り入れられ、非常に効率よく造られました。

この技術は戦後の造船にもいかされます。

戦艦(せんかん)「大和(やまと)」

大和(やまと)

昭和16(1941)年12月16日、呉海軍工廠で竣工(しゅんこう)した戦艦で、極めて強固な防御力(ぼうぎょりょく)と、当時世界最大の主砲(しゅほう)を備えていました。日本の技術力を結集して建造された戦艦です。

ひみつの戦艦「大和」

「大和」の建造は極秘(ごくひ)でした。

呉海軍工廠(こうしょう)の設備から市民生活にいたるまで、あらゆる点で保持が徹底(てってい)されたのです。

「大和」を建造するには大屋根が取り付けられ、外から見えないような工夫がされました。

また山や山林の高地部など、呉海軍工廠を見下ろせる場所への立ち入りには許可証が必要とされました。

海側から見た造船船渠(ぞうせんせんきょ)

奥に大きな屋根が見えるかな?「大和」をかくすためにつけられたんだよ!

秘密の戦艦だね!

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戦艦「大和」の設計図

戦艦「大和」の設計図

1万枚以上あったとされる「大和」の設計図は、戦後多くが焼却(しょうきゃく)されてしまいほとんど残っていません。現存する貴重な設計図(複製・ふくせい)が展示室にあります。もちろん全て手書き。ぜひ見に来てね!